ひろしま創業サポートセンターが発行しているフリーペーパー『Z世代の新・起業論』より、インドの職人が作る手刺繍の洋服や雑貨を展開する「itobanashi」の記事をご紹介します。
みなさんの職場では、「効率よく仕事をすること」、いわゆる“生産性”が何よりも重要視されていませんか。より速く、より多く…そんな働き方のおかげで、たしかに私たちの生活は文明的に豊かになりました。しかし、その一方で、ゆとりを失った働き方により、長時間労働に追われ、体や心の健康を損ねる人も増えています。
“本当の豊かさとは何か”を改めて問い、既存の価値観を見つめ直すため、今回は「脱効率」という視点から、東広島市志和町の「ししゅうと暮らしのお店 itobanashi」を訪ねました。
奈良に本社を置く「itobanashi」は、インド刺繍を取り扱うアパレルブランドです。代表取締役の伊達文香さんが、広島大学大学院在学中の2016年に個人事業として立ち上げ、2017年9月から法人化し、今年6期目を迎えます。
“月に3日だけ”オープンする「ししゅうと暮らしのお店」は、築100年以上の古民家を改装した店舗を東広島市志和町や奈良県五條市に構えるほか、蔦屋書店や百貨店などでもポップアップ販売を行っています。店内には、インドの職人がひとつひとつ手作業で刺繍を施した布で仕立てられた洋服や“作り手”の個性が光る雑貨、日用品などが並びます。
▲店内には洋服以外にも、刺繍のブローチやストール、クッションカバーなどが並んでいる。毎月のオープン日に合わせて新商品を入荷し、注目のアイテムを取り揃えて紹介している。
コロナ禍の2021年から始まった、この“月3日”の営業スタイル。さまざまな事情から最初はやむを得ず3日のみの営業としてスタートしましたが、それが逆に特徴のひとつとして注目度が上がり、今では開店日を目がけて県内外から多くのお客様が訪れるそうです。
さらに2022年2月には、これも築100年を超える元饅頭屋の店舗を活用し、ビーントゥーバーチョコレート専門ブランド「chocobanashi」を奈良県にオープン。カカオ豆の産地ごとのテキスタイル柄をパッケージに採用するなど、“itobanashiらしさ”を詰め込んだチョコレートを製造・販売しています。
itobanashi 代表取締役 伊達 文香さん
奈良県出身。大学進学を機に広島へ。大学院を含む6年間、心理学を学ぶ。その傍らで、ファッションサークルや災害支援ボランティアで活動。インドとの出会いが契機となり、大学院在学中に起業。経営はもちろん、衣服のデザイン全般を手掛ける。
聞き手 井口 都さん
「co-ba hiroshima」コミュニティマネージャー
広島県出身。地元の役場、不動産売買仲介営業を経験。2021年4月より2代目コミュニティマネージャーに就任。『人と人をつなぐ仕事をしたい』という想いを軸に、さまざまな企画を手がける。
“月に3日だけオープン”という、一見非効率な経営の奥にある伊達さんの想いや考え、未来への展望を伺います。
▲刺繍の魅力について、熱く語る伊達さん。
▲商品の中には、刺繍に出会うきっかけとなった「カンタ刺繍」もある。人や動物がモチーフになったこの「カンタ刺繍」は宗教概念が生まれる前からあったと言われており、偶像崇拝が禁止されているイスラム圏においても自分たちの歴史を残すため、今も刺繍が続いているのだという。
▲国内外の雑貨や食器が並ぶ土間部分。この土間の黄色とグレーの壁の配色に惚れ込み、伊達さんはこの物件を借りることにしたのだそう。築100 年をこえる建物は今、国境を超えたさまざまな商品によって彩られている。
▲月3日だけのオープンのため、スタッフは学業や別の仕事を持っている。伊達さんは「多様な働き方ができるのも、この営業スタイルだからこその利点ではないかと思っています。」と話す。
・良いものを続けるためには、適正な評価が大切
・好きなことをやり続ければ、きっと何かに繋がる
・非効率を愛することで、新しい価値を生み出す
キャリアに悩んだときは、“好きなこと”をまず振り返ることで、解決のヒントになるかもしれませんね!
ここ最近、「タイムパフォーマンス」という言葉を耳にするようになりました。より効率よく、効果的な結果を求める時流であるがゆえに生まれてきた言葉ではないかと感じています。今回の取材を通して、せっかちな私自身も日々「時間」や「効率」に追われていると内省するきっかけとなり、このタイミングで伊達さんを取材させて頂いたのも、何かのメッセージだと感じています。「たまには回り道もするのもいいよね」と、まずは自分を受け入れることからスタートしてみます。(文/井口都さん)
「時をこえて ひと針のゆくえ」
アナイス・ボーリュー 著/青木 恵都 訳
日本語版デザイン セキユリヲ 2022 タムラ堂
インドの小さな出版社「タラブックス」が手がけた刺繍の本。西アフリカを訪れた際、辺り一面の木々を黒いポリ袋が覆った光景に衝撃を受けた著者は、そのポリ袋に、絶滅が危惧される植物をモチーフとする刺繍を施したアート作品を制作しました。
「chocobanashi」の取扱店でこの本に出合った伊達さん。“刺繍の美しさ”だけに焦点を当てるのではなく、作品を通して環境問題について考えさせるそのメッセージ性に共感したのだそうです。